わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。 (聖書)
私は数年前にパリに行きました。そして、日本人の教会を訪問した時、「今、パリに約二万人の日本人がいるが、
六千人の人々が心の病いにかかっている。」という話を聞さました。パリはとてもステキな所です。
ルーブル美術館、凱旋門、エッフェル塔、セーヌ河で有名な花の都パリ。この美しい町に住んでいながら、
さびしい生活を送っている人々がたくさんいるのです。パスカルは、人々の心にあるさびしさを、
「神を離れし人間の悲惨」と言いました。
孤独のさびしさ
ある時、牧師夫人が一人暮しのおばあさんを訪問しました。真っ暗な部屋の中で、蚊がおばあさんのまわりを飛んでいたので、夫人はその蚊を取ろうとしました。
するとおばあさんは、「奥さん、蚊を殺さないでください。蚊は私の友達ですから。」と言いました。
私達にとってはいやな蚊ですが、ひとりぼっちのさびしさを味わっていたおばあさんにとって蚊は、
唯一の友達だったのです。だれからも愛されず、愛することもしないさびしい友はいないでしょうか?
聖書は、人間の孤独の原因は、神から離れた結果であり、自分勝手なわがままな生活の故であると教えています。
しかし、イエス・キリストを信じる人生は、失望の人生ではなく、希望のある、満たされた、光輝く人生なのです。
「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」
別離のさびしさ
人生には別れがあります。愛する友との別れ、愛する親との別れ、愛する人との別れ。
日の沈まない国、世界一の権力を持っていたビクトリア女王は、夫が亡くなった時、
「もう私をビクトリアと呼び捨てにしてくれる人はいない。」と言って嘆いたのです。
「人は母の胎から出て来たようにまた裸でもとの所へ帰る。」(聖書)
しかし私達には、最後の別れではない、また再会できる望みがあるのです。
罪のさびしさ
イスカリオテのユダが、イエス様を裏切って外に出て行った時、あたりは真っ暗な夜であったと聖書は言っています。
また、世界最初の殺人者カインは、弟アベルを殺しました。その時、神は言われたのです。
「あなたは地上をさまよい歩くさすらい人になるのだ。」と。罪の結果、それはさびしさです。死です。
ある伝道旅行の電車の中で、ヤクザが隣に座りました。その人と親しくなり、いろいろと話しをしているうちに、
その人はこう語ってくれました。「自分は十九才の時に人を刺して、特別少年院に入った。
その時ほど苦しく、悲しいことはなかった。さびしいことはなかった。シャバに出たらまじめに働き、
人に迷惑をかけないように生きて行こうと決心した。」と。
強そうに見えても、人間は罪の前には無力なのです。
「わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(聖書)
永遠のさびしさ
永遠のさびしさ、それは地獄のさびしさです。一番大切な問題は、あなたが永遠をどこで過ごすかということであり、
他のことは永遠に比べれば、たいした事ではありません。この地上の生活は、永遠に対する準備期間なのです。
地獄は火と硫黄の燃えている場所です。誰でも神を愛さないで行くならば、愛する人と二度と会うことのできない、
永遠の別れの場所です。未信者である義母がある時、私の妻に言いました。
「おばあさんが亡くなる時、『汚い。汚くて座る場所がない。』と言って死んで行った。
あれが地獄だったんだねぇ。」と。あなたは、神と会う備えができていますか?
さびしさからの解放
イエス・キリストは、今から二千年前にこの地上に来られました。それは、私達のすべての罪の身代りに、
十字架にかかって死ぬためでした。「いいえ、私には罪がありません。」と言われる方がおられるでしょうか。
聖書は、「すべての人が罪を犯した。」と教えています。刑法に触れるような罪だけでなく、
悪い考えや、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさも罪です。
誰にも知られたくないような、あなたの心の中にある罪のために、イエス・キリストは十字架にかかり、
死んで下さいました。あなたが罪を悔い改め、イエス・キリストを信じるなら、そのすべての罪が赦され、
やみの中の人生ではない、光輝く人生を持つことができるのです。「光はやみの中に輝いている。やみはそれに打ち勝たなかった。」(聖書)
今、「誰も私の悩みを知ってくれる人はいない。」と、孤独のさびしさの中にいませんか?
イエス・キリストはそんなあなたを愛し、招いておられます。「見よ。わたしは戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、
わたしは彼のところにはいって彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」(聖書)イエス・キリストがあなたをすべてのさびしさから開放しようと、あなたの心の戸をたたいています。
どうぞ心の戸を開き、イエス・キリストを心の中に受入れて下さい。そして、イエス・キリストとともに歩む、
光輝く人生を歩み出して下さい。
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