アキチカ アプルーブ
あなたがこの戦争に勝ったのではありません。
主はヤコブに仰せられた。
「あなたが生まれた、あなたの先祖の国に帰りなさい。わたしはあなたとともにいる。」
(創世記31章3節)
1945年8月15日、太平洋戦争は日本の敗戦という形で終結を迎えた。
戦争終結とともに、彼の日本宣教への思いは日に日に大きくなっていった。
主、私の救いの神。私は昼は、叫び、夜は、あなたの御前にいます。私の祈りがあなたの御前に届きますように。どうか、あなたの耳を私の叫びに傾けてください。
(詩篇88・1-2)
現実は彼の前に厳しく立ちはだかったが、この祈りは空しく終わることはなかった。
それは主が、彼が日本で宣教できるようにと、あらゆる方面からの援助を行われたからである。
彼は聖書を入れるための大きな箱を作った。
そして彼は跪き、大きな箱に手をおいて真剣に祈った。
「イエス様、日本では日本語の聖書がないと聞きます。この大きな箱を日本語の聖書で一杯にしてください。」
祈るうちに、聖書は必ず与えられるという確信を持った。彼は立ち上がると、そこにおいてあったカレンダーの2月11日のところに特別に大きな丸を書き込み
「イエス様、ありがとうございます。この箱に一杯の聖書を感謝します。ありがとうございます。アーメン。」
と祈った。
果たして2月11日に、彼が祈った通りのことが起こった。以前、ディーハン先生のラジオ伝道に宛てて、日本宣教のためにお祈りをしてほしいと手紙を送ったことがあったが、ちょうど2月11日に、その手紙が全米に向けて放送されたのである。
ディーハン先生は、彼らの日本宣教への情熱を、全米に向けて語りかけた。
「日本のヤング・カップルが宣教師として日本に帰国することになった。皆さん、この二人のために祈ってほしい。」
数日後、ラジオ伝道の放送局から、彼のところに手紙の束が届けられた。それは放送を聞き、祈りのうちに、示されたクリスチャンたちの温かい手紙であった。
更にどの封筒にも献金が同封されていた。彼は、一つ一つの手紙を読んでは感謝をし、涙を流し、感激をした。
彼は、献金の全額をアメリカンバイブル・ソサエティに送り、日本語の聖書を注文した。注文して数ヵ月後、受け取り先のシアトルに行ったとき、彼は驚くべき光景を目にした。日本語の聖書が一万冊と、福音書の分冊が山のように積まれていたからである。それは実に彼が用意した大きな箱にも入りきらず、半トントラック1台分にもなった。彼はそれを見るなり、再び感激し、ただ主に向かって感謝の祈りをささげた。
さてこの時の彼には、まだアメリカ政府から出国許可が下りておらず、状況は依然厳しいものがあった。
彼は、アメリカ政府から送られた出国許可却下の旨を通知した手紙を片手に持ち、上に差し上げて祈った。
「イエス様、お聞き下さい。アメリカ政府は、ここに書いてある通り、出国を拒否しています。イエス様、あなたはすべてご存知です。…」
祈りのうちに、彼は、アブラハム・ブレーディに手紙を出すように示された。彼は、アメリカ政府のことも軍人のこともよく知った人であった。彼の手紙に対し、次のような助言を記した手紙が返信された。
「ブラザー・アキチカ、マッカーサー元帥に直接手紙を書きなさい。」
彼は、その手紙を受け取ると、早速マッカーサー元帥宛てに直訴状を書いた。
親愛なるマッカーサー元帥殿
あなたがこの戦争に勝ったのではありません。
主があなたに勝利を得させたのです。
その主が私達を日本に遣わし、主の福音を伝えさせようと望んでおられます。
ですから私達を日本に行かせてください。
その途中の事もご配慮下さい。
穐近祐
数日後、陸軍省に届けられた山積みの電報の中に、彼宛の電報があった。
それには次のように書かれていた。
「AKICHIKA APRROVED」(アキチカ 許可ス)
ハレルヤ!遂に日本伝道の道が開かれた。
天命を受けて以来、何年と祈りつつ、待ち望んだ日本宣教の道であった。
敵国移民であった彼らに対し元帥から直接許可があることなど、その時代には到底考えられない出来事であった。しかし主は、私が道であると宣言されたその道を、マッカーサー元帥の「許可ス」の一言を以って備えられたのである。主にできないことは何一つない。主は彼を通してご自分の栄光と力をそのままに表されたのであった。
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